メーカ側が言う「豊かな暮らし」というキャッチフレーズが苦手になった話

雑記
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またまたツイッターのお話ですが、先日こんなことをつぶやきました。

きっかけは、ツイッターで同じく家系アカウントとして活動しているズブロッカ大佐がこの前に

「わたし、豊かな暮らしを提案みたいなの苦手なんですよね。」

という話をしてくれたことだった。

当時のクロセはあまり意識していなかったんですが、なんか考えれば考えるほどその思想が理解できるというか、それを飛び越して黒い感情が湧き出てきたというか…(;´∀`)

まあその内容は後述するとして。

この話についてズブロッカ大佐が真相をブログに書いてくれました。

書いてくれたというか、クロセから遠回しに要望出したって感じなのですが。
内容はややダークというか、賛否あるものかと思いますが、個人的にはめちゃくちゃ同意できる内容でした。

そしてこのブログを読んだ後に大佐からこんなツイートが。

むむ、アンサー記事とな笑
まあもともとこちらから要望出して書いてもらって記事なので、これは応えねばなと。

というわけで、今回は大佐のブログ記事を読んで自分が感じたことを書いてみようかなと思います。
ですので、この記事を読む前に大佐の記事を読んでね。( ´∀`)

ちなみに本記事は内容的に黒いクロセ、略して黒セ成分たっぷりでお送りします。
一部不快になるような表現もあると思うので、そういうのが苦手って方は今のうちに回れ右を。

では、どうぞ。

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「豊かな暮らし」って作られるものなのか?という疑問

「わたし、豊かな暮らしを提案みたいなの苦手なんですよね。」

この言葉を聞いてからしばらくたって感じた疑問は、家を提供する側が「豊かな暮らし」を提案するっておかしくない?ということ。

豊かな暮らしと聞いて想像するものって人それぞれだと思うんですが、少なくとも家じゃなくて人によるものだと思うんですよね。

例えば、6畳一間の狭い部屋だったとしても、そこに住む家族が日々楽しく幸せに生活できているのなら、それは立派な「豊かな暮らし」だと思うんですよ。

逆にどんな豪邸であっても、その中に住む家族が楽しくないのであれば、それは「豊かな暮らし」といえるのだろうか?

まあ前述の通り「豊かな暮らし」なんてものは人それぞれだと思うので、家が豪邸であれば家族仲が悪くてもそれはそれで幸せと感じる人もいるかもしれませんが…

とりあえずここで言いたいことは、「豊かな暮らし」って「人」によるもであって、家なんてものは所詮それらを形作る一要素でしかないと思うわけですよ。

家はどちらかというと、「豊かな暮らし」を邪魔しない、損なわない、補助するって立ち位置なのかなと。

それをさ、家づくりを通して「豊かな暮らし」を提案するなんて住宅を提供する人はずいぶんとおこがましいというか傲慢なこと考えているんだな、なんて思ってしまったわけですよ。
(こう考えるクロセのほうがよっぽど傲慢っすな笑)

新たな暮らしを提案とか言われても、家ごときで暮らしは新しくならんでしょ。

ここまで考えて我ながらずいぶん黒い考え方だなと(;´∀`)

そんなわけで、「豊かな暮らし」を提案するという言葉が苦手を通り越して嫌悪感を持つようになってしまいました。

ズブロッカ大佐のブログを見て感じたこと

そんなこんなで我ながら黒い感情が渦巻き、さすがに考えすぎだと自己嫌悪していたわけですが、大佐のブログを見ると案外そうでもないのかなと思ったり。

後半のほうに間違った豊かさを押し付ける設計士や、施主側の価値を引き出せなかった設計士の例が書かれていますが、まさしくクロセが「豊かな暮らし」を提案するというキャッチフレーズに疑問を持った理由です。

加えて、クロセも実際にそういった経験をしているため、強く同調してしまうのでしょう。

このブログを読んでいる方にはもはや言うまでもないですが、クロセは冬に寒くない家を強く望んでました。
それはクロセも嫁さんも寒がりだからで、嫁さんには温かな生活をしてもらいたかったからです。

クロセの考える豊かさの1つとして、家の中では快適に過ごしたいというのがありました。
特に家の中が寒いというのは、小さなころに雪が降る地域でも家の中ではぬくぬくと過ごせた記憶が強く残っているため、絶対に避けたいと思っていました。

そんなわけで、(そのことの意味や賛否はともかく)断熱性能を示すUA値やC値といったものには強くこだわってきたし、そのことは検討したメーカには強く訴えてきました。

にもかかわらず、あるメーカの営業さんには
「UA値やC値を気にしてどうするんですか?そんなの窓を減らせばどうにでもなりますよ」
「そんな数字にこだわってもいい家は建ちません!」
「もっと暮らし方とか雰囲気づくりをしていきましょうよ」

と半ギレ気味にいわれてしまいました(;´∀`)

クロセの考える豊かさが否定されてしまったわけですね。

別に営業さんも悪気はないってのはわかるんですよ。
視野が狭くなっているクロセに対してのアドバイスだったのかもしれません。

ただ、丁寧な説明もなく、ほしいといわれるものを否定されても不信感しかわかないわけですよ。

こんなことがあったので、「豊かな暮らし」を提案といったキャッチフレーズが苦手という意見はすごく納得してしまったのである。

前述したとおり、豊かさなんて言うのは施主によるものだと思いますから。
提供側が考える豊かさを押し付けられても反発しちゃうだけだと思うんですよね。

こういった施主の希望を満たせない設計士に対して、大佐は「豊かさを引き出し、実現できる家を提案していくことを忘れないでほしい 」と締めているがこれもその通りだと思う。

一つ付け足すなら、提案だけでなく施主と意見を出し合い作り上げていくべきということでしょうか。
少なくとも、設計側が上から目線で施主に接しているようでは、いい家にはならないだろう。

とまあ、こんなことを大佐のブログを読んでいて感じました。

大佐がこのアンサー記事をみてどう思うかはわかりませんが、少なくともクロセは大佐のブログ記事に強く同意しております。

終わりに

というわけで、今回はズブロッカ大佐の記事に対するアンサー記事でした。
知らん人にとってはなんのこっちゃってかんじでしょうね笑

けど大佐の記事に書いてある内容は、家づくりにおいて特に実務者の方には大事な話ですので、一読いただけると嬉しいですね。

その提案は本当に施主のことを考えていますか?
その提案は提案側の独りよがりなものになっていませんか?
その提案は施主の豊かさを満たすものですか?

こういった部分は施主側からでも感じることはできると思います。

もし提案に違和感を感じたときは、距離を置くことも考えてみてください。

ここからは余談ですが、豊かな暮らしや新しい暮らしを提案するみたいなことを言っている営業さんや設計士さんは、自分が傲慢なことを言っているかもって悩んだりしないのでしょうか?

それともそんなのはとっくに通り過ぎていて、豊かな暮らしを提案することに誇りを持っているのでしょうか?

一応言っておくと、これは彼らに対する侮蔑ではなく、尊敬です。

施主の要望を満たすことができれば、文句を言う人ったほとんどいないと思うんですよ。
そういった中で、あえてその殻を打ち破ろうと提案できる人たちは、日々研鑽をつみ、心の底から施主のことを思ってくれているのでしょう。

もう1つ余談ですが、クロセの考える「豊かな暮らしを実現する家」は健康的生活できて、利便性があり、リラックスできる家です。

最初に言ったとおり、豊かな暮らしは家族でどう過ごすかっていうのが大事だと思いますから。
だからこそ高性能な家を求めたんだろうなあ…

では。

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